2010年10月22日

なぜ「小学校では体育のできる子がリーダーになる」のか。

 三つ子の魂百まで、とはよく言ったものです。

 小学校のときから私は目立ちたがりやりたがり、だけどリーダーシップというものは微塵もなく、とにかく人から信頼されることや人を動かすことができないという、悲劇かもしくは喜劇か、というような小学校時代を過ごしておりました(今では「自分にリーダーシップがない」ということを熟知しておりますので、それなりに対処できるようにはなりましたが、基本的には変わっておりません)。
 「やる気はすべてを可能にする」とある意味正しい、ある意味おろかな信念を持っていた私は、まあとにかく空回りする日々をおくっていたのです。

 そんな私にまぶしく映ったのが、Sちゃん。
 「ちゃん」とか気軽に言ってしまいましたが、彼女は小学5、6年の私から見ても、まぶしいばかりのリーダーシップを持っていて、とにかく人から信頼され尊敬されていました。
 彼女と2人でじっくり話したのは1度だけですが、2人で放課後の校庭で日が暮れるまで話したことは忘れられません。内容はすっかり忘れてしまいましたが、そのときに感じた「リーダーって、こういう人のことをいうんだ」という気持ちは覚えています。

 でね。
 なんで今日、こんなことを何十年ぶりに思い出したかと言いますと。
 今朝から始めたUSTREAM番組「『内田樹の研究室』を読む」で、「武道と統治能力」というお話をしたのです。

 それを話している最中、「あっ」と、あることに思い当たったわけです。

 小学校で、リーダーシップをとっている子というのは、ほぼ例外なく、「体育のできる子」だった!。

 例えば先述のSちゃん。
 彼女はバスケ部に所属し、体育全般よくできる女の子でした。

 なるほど〜。

 今日お話したことは、「内田樹の研究室」2007年3月26日の話なのですが、

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だからこそかつては戦場における武勲がそのまま治国平天下の能力に読み替えられたのである。

「内田樹の研究室」2007年3月26日より。
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 というくだりに私は非常に感動したのです。

 くわしくは上のブログの全文をお読みいただきたいのですが、「武道に優れている者は、他者との共感能力が強く、ひいては統治能力に優れていると判断された」ということです。

 ここで、突然思い出されたのがSちゃんのことです。
 その他にも、小学、あるいは中学低学年でリーダーになっていたのは、身体的能力が高い、つまり体育のできる子だった、ということに思い当たったのです。

 なるほどなるほど!

 不思議なことに、高校、大学、と上がっていくごとに、「体育の出来不出来」と「リーダーシップ」の相関は薄れていったような気がしますが、それだけ小学生というのは、感覚的に物事を判断する動物なのかもしれません。

 とつぜん判明した長年の謎。
 なぜ、私が小学校のリーダーに向いていなかったのか、今ならわかります。
 ただ、わかったところで解決できるか、というとまた話は別。

 だけど、「わかる」と「わからない」にはとっても大きな差があります。
 わかっただけ、まあ、小学生よりは進歩したのではないか、と思っております。

★今朝2010/10/22放送の「『内田樹の研究室』を読む 武道と統治能力」です。機材トラブルでiPhoneからの配信です。聞き取りにくいしあまりうまくしゃべれていないのですが、後者はいつものこと、ということでご容赦ください。


武道的思考 (筑摩選書)

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  • 作者: 内田 樹
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2010/10/15
  • メディア: 単行本



 ↑この本、出たばかりでまだ未見なのですが、いちおうリンク。
posted by バーバラ・アスカ at 10:34 | TrackBack(0) | 評論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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